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続・僕はサラリーマンになる




■店長の友人


 僕にとっての「親友」と呼べる人間が、いま地元のコンビニで店長をしている。二十一の歳に店舗を任されたから、今年の夏でちょうど三年目になる。

 初めのうちは、月に一度の休みもとれず、働きづめの毎日に閉口していたが、近頃ではまるでグチをこぼすこともなく、十名近くいるアルバイトを雇いながら、熱心に仕事に励んでいる。そんな彼が、最近こんな体験をした。
 週に一、二度、彼の店を訪れるというその老人は、いつも雑誌や日用品に加え、お決まりのゼリーを買っていく。カップにみかんのぎっしり詰まったゼリーを手にレジへやってきた老人は、開口一番こう言った。

「店長さん、ここの店はホンマにええなぁ」

 突然の言葉に意表をつかれた彼だったが、ああ、商品の品揃えのことを誉めてくれたんだな、と気を取り直し、礼を言おうとすると、
「いやね、ここの店はホンマに気持ちがええんよ。お店の雰囲気が明るいし、なにより店員さんの元気がいい。このちょっと下にも、○○○○(某コンビニ)があるけど、なんか冷とうてなぁ。いつもありがとうな」
 と、思いもせぬ言葉をかけられた。店へ来るお客から、初めてこんなことを言われた彼には、無性にこみ上げてくるものがあり、
「いえいえ、そんなことは……」
 と、小さな声で返事をするのがやっとだったと言う。じつはそのとき何を言ったか、ハッキリと覚えていない。ただ、その日一日高揚していた気持ちと、明らかにトーンの上がった自分の声とは、いまだに耳に焼き付いている。その興奮の度合いは、電話をしている受話器越しにも、しっかりと伝わってきた。


■“働く”とはなにか


 僕と彼とは、高校時代の同級生で、高三のとき同じクラスになってから、夢や将来や仕事の話を何度となくした。その頃、よく話題になったのが、「この先、自分たちはどう生きていくのか。“働く”とは、いったい何なのか」ということで、二人はこの答えのないような議論を、授業時間も、卒業後も、飽きずに続けていた。
 そして現在、彼はコンビニの店長、一方の僕は、出版社関係での勤務をめざし、就職活動中の身だ。

 元来、「サラリーマンになどなるものか」と思っていた僕だったが、大学時代、あるバス運転手との出会いを経て、現在は就職することを切に希望している(詳しくは、『僕はサラリーマンになる』参照)。その中で、最近になってようやく「働くとはなにか」という問いかけに、自分なりの答えを用意できるようになった。
 その内容は、将来の夢に胸をふくらませている子どもたちや中高生にとって、いささかガッカリするものであるかもしれない。しかし、この答えが決して悲観する筋合いのものでないことを、初めに断っておきたい。

 人間にとって、働くとはなんなのか――この長年僕の中に巣食っていた疑問に、自分はいまこんな答えを出したい。働くとは、「一つの景色になること」だ、と。
 現在僕は、志望の働き口を求めて就職活動中。まだ雪の降る時分からスタートした活動は、予想外の長期戦になった末、先月にはとうとう肉体労働の日雇いバイトをする羽目になった。


■街の景色に


 アルバイト初日、衣装ダンスから死んだおじいちゃんの着ていた茶色の作業服を取り出すと、僕は自転車に飛び乗った。
 久々に目にする街の中では、出勤途中のサラリーマンやOLの姿がちらほら見受けられ、気持ちいい朝の空気を味わった。行き交う自転車に乗っているのは、中高生が大半で、妙に年の差を感じさせる。

 そんなとき、僕はふと彼らの目に映っている自分の姿を意識した。
 いま彼らから見た僕の姿は、どう見ても、どこかの工場で働く作業員にしか見えない。たったいますれ違った僕が、どうした経緯でこの作業服を着、自転車に乗っているかなど、まるで知るはずはないのだ。

 しかし、それは僕にしても同じことで、この生徒たち一人一人が、いまなぜ学校へ通い、どんな勉強をしているのか、皆目知るはずがない。ただ、道端で一人の工場員と生徒たち数名が、すれ違ったというだけの話である。
 そしてその後、目に入ってきた交通整理のおじさんも、花屋のお姉さんも、幼稚園の先生も、バスの運転手も、僕にとっては、流れていく一つの「景色」にしか過ぎず、それ以外の何者でもなかった。
 しかし、こう考えるのはどうだろう。
 たとえば、交通整理のおじさんが、ドライバーに深々とお辞儀をする。花屋のお姉さんが、明るい表情で水をやる。幼稚園の先生が、とびっきりの笑顔で子どもたちを迎える。バスの運転手が、「おはようございます」と大きな声で挨拶をする。
 その瞬間、一つの景色は街の人々にとって、「気持ちのよい景色」となり、道行く人を明るい気持ちにすることができるのである。

 僕の友人の店へ通う老人も、きっとその場所が、彼にとって気持ちのよい景色だったのに違いない。そして、道端に咲く花をきれいだとでも言うように、ごく自然に自分の気持ちを伝えてみたくなったのだと思う。
 街の人々にとって、自分がいかに気持ちのよい景色になり得るか――それは、活字の世界で働こうとする僕にとっても、まったく同じことである。

 店を営む友人は、その景色をつくり上げるために、日々必死の努力を続けている。しかしそれは、誰も知る必要のないこと、また誰も気にする必要のない事柄だ。
 僕は、そんな景色の一つ一つが寄り集まって、街並みが形づくられていることを、なんだかとても貴いものに感じる。そしてその一部に自分がなれることを、非常に有難いことだと思う。



 

 


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